夢の中でハナ(仮名)は息子と共に電車に乗っていた。どうやら幼稚園へ迎えに行った帰りらしい。向かいの座席には数人の乗客が座っており、窓の外を眺めたり、本を読んだりと、それぞれ思い思いに過ごしている。車内は至って普通だった。
――ただ、一つのことを除けば。
代わり映えのしない車窓の景色を退屈に思いながら眺めていると、隣で絵本を読んでいた息子が、不意に泣きそうな声で腕にしがみついてきた。
「ねえお母さん…。あの下に何かいる……」
また何か怖い模様でも見つけたのだろう。そう思いながら向かいの座席の下へ目を向けた瞬間、ハナの顔色は一気に青ざめた。
座席の下には、ひょろりと長い男が床にぐったりと横たわっていた。
その男の目線は確実にハナの目に向いていた。
男は目を合わせたまま、身体を引きずるようにしてそろそろと少しずつこちらへ近づいてくる。しかしハナは逃げることも声を上げることもできなかった。それどころか、何かに縛られたかのように男から目を逸らせない。
――この顔、どこかで見たことがあるような…。
そう思っている間にも、男は鈍い動きでさらに距離を詰めてくる。周囲の乗客には見えていないのか、誰ひとり反応しない。
男が足元まで迫った頃、ハナは男が何かをぶつぶつと呟いていることに気づいた。
「ついに……変化を見つけた」
男の手が今にもハナの足に触れようとした、その瞬間だった。
息子が手を滑らせ、絵本を床へ落としたのである。
するとその音をきっかけに、男は忽然と姿を消した。
たった今まで起きていた奇怪な出来事など存在しなかったかのように、車窓の外には相変わらず退屈な景色が流れ続けている。
そこで目が覚めた。
それ以来、その男が目撃されることはなかった。